物件解説
古くから別荘地や観光地として栄えた、神奈川県箱根町。東京から車で約1時間半、御殿場から箱根山麓を上った高台から望むカルデラには、一面の緑が拡がっています。かつて茶畑であったこの斜面地に、張り出すように建てられた箱根VILLAは、1990年、建築家・横河健によって設計された、両親のための別荘建築です。
建築家・横河健(1948-)は東京生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、1982年より横河設計工房を設立します。日本大学教授、日本建築家協会副会長、日本建築学会代議員などを歴任し、その後も武蔵野美術大学客員教授を務めた建築家です。研究施設である埼玉環境科学国際センター(1995 *1)や福祉施設であるC.T.O GLASS HOUSE(1998 *2)など、公共施設も数多く手がけている一方、初期の代表作であるトンネル住居(1982 *3)にはじまり、COSMOS-都市住居1990-(1989 *4)、杉浦別邸 多面体・ひるがの(2010 *5)など数多くの住宅・別荘作品を手掛けています。
自身の設計姿勢を「モノづくりはコトづくり」と位置づけ、住み手の身体と生活に寄り添う、精力的に活動する建築界の重鎮です。
箱根でのゴルフが趣味であった両親。この箱根VILLAはそんな両親の夏の家として計画されました。
北側の国道からなだらかな斜面のアプローチを下っていくと、この建築の全貌が現れます。車寄せの屋根は乳白色のポリカーボネートが使われ、”バニラアイスクリームのようなクリーム色に包まれた(SD 91.4)”玄関へといざないます。階段室を兼ねた玄関からは、居間へ向かう1階への下り階段と、寝室へと続く緩やかな上り階段が続いています。
トップライトだけが開けられた、穴倉のようなこの空間は、静寂を湛え、北側国道の自動車音と切り離された、この建築の世界へと引き込んでくれます。”この空間は、単に玄関ホールというだけでなく主室である居間へのプロローグであり、2階、寝室で夜やすむ前のエピローグともなる空間なのである(SD 91.4)”
1階へと降りて正面の扉を開けると、居間の吹抜け空間に目を見張ります。6.4mの圧倒的な天井高を持ちながら、やや低い位置に横長の窓が配置されており、落ち着いた明るさで、視線が自然に窓の景色へと向かいます。窓からは、眼下に箱根カルデラの緑が拡がり、鳥のさえずりや、風に揺れる木々のざわめきが聞こえてきます。
横河「母なんかはもう夏の間の2,3カ月、ほとんど普通の住宅として暮らしていたようなものでしたね。ここに人を呼ぶのが好きで。彼女は音楽家でしたから、居間にピアノを置いて時々室内楽をやっていました。それがすごく気持ちいいんですよ。」
この大きな吹き抜け空間は、バルコニー状の廊下や内窓を介して、この建築の全ての居室が接続しています。筒状のヴォリュームは部屋全体を照らすアッパーライトであり、暖房サーキュレーターになっている設備家具(環具)です。この環具の存在によって、この部屋の生活のテリトリーは緩やかに分けられています。食事スペースには格子状の天蓋が設けられ、高い吹き抜け空間の中でも、落ち着きある場所が創られています。
居間の隣にはテラスとキッチンがあります。このテラスは建物のヴォリュームの一部を欠きこんだ1,2階通しのヴォイドになっていて、外での食事にも心地よい空間です。
横河「当時は犬がいたんですよ。テラスにスチールの手すりが引き出せるようになっているのはそのためです。窓のところにフレームを付けているのも、犬が足をかけられるようにそうしています。」
再びクリーム色の階段室を通って2階へ上り、居間の吹抜けに面した廊下を抜け寝室へ向かいます。寝室にも横長の窓が配され、箱根の景色を楽しむことができます。南東向き斜面に向かうこの部屋では、朝日に照らされて、心地よく目覚められるに違いありません。また、寝室の窓辺には造作の机が設えられており、書斎スペースにもなります。
1階、2階にはそれぞれ和室があります。ゲストルームとしても使われたこの部屋は、両側に小窓を配した奥行きの浅い床(とこ)がアクセントになっていて、低い位置に設けられた内窓を介して、居間と接続されています。玄関と同じ左官材の壁が、照明の光を柔らかく受け止めており、窓を小さくしたことによって外と隔てられた、計画された静けさと暗さが落ち着く空間です。
横河「私にとってあれを手放すというのは、もったいないなという気持ちもあるんですが、やっぱり使わないと意味ないですからね。是非たくさん使ってくれる方にお譲りしたいなと思っています。
両親の愛してくれた建物なので、それをうまく使ってくれる人がいると嬉しいなと思います。ただ、具体的にどう使ってほしいとか、そういうのはないんですよ。次の方のご自由に使ってください。でも、どうしたらいいかお困りなら、お手伝いしますよ。」
建築家が両親のために建てた箱根VILLA。テレワークの方やお仕事を引退された方には、別荘としてだけでなく、毎日を過ごす場所としてもよいかもしれません。都会の喧騒から離れたこの場所で、箱根の緑を眺めながら、穏やかな日々を過ごしてみませんか?
※近日、関連記事として、横河健さんのインタビューも公開します
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*1 埼玉環境科学国際センター http://www.kenyokogawa.co.jp/worksDtl.asp?k=96
*2 C.T.O GLASS HOUSE http://www.kenyokogawa.co.jp/worksDtl.asp?k=43
*3 トンネル住居 http://www.kenyokogawa.co.jp/worksDtl.asp?k=173
*4 COSMOS-都市住居1990- http://www.kenyokogawa.co.jp/worksDtl.asp?k=172
*5 杉浦別邸 多面体・岐阜ひるがの http://www.kenyokogawa.co.jp/worksDtl.asp?k=60
公開日 : 2020年11月17日 / 更新日 : 2020年11月17日
取材・文: 川原聡史 / 撮影: 千葉正人