物件解説
東急東横線日吉駅から東に10分程、慶応義塾大学の丘を抜けると、路地の奥に、よく似たデザインの2棟の建物と、不思議な曲線に切り取られた内庭が、そっと姿を現します。
ここを設計したのは、一級建築士事務所ナフ・アーキテクト&デザイン代表、建築家、中佐昭夫氏。住まい手もまた、中佐昭夫ご家族、要するにここは、建築家の自邸なのです。
中佐昭夫氏は1971年広島県生まれ、広島大学卒、早稲田大学修士課程を修了後、山本理顕設計工場を経て、2001年に一級建築士事務所ナフ・アーキテクト&デザイン(有)を中薗哲也氏と共同設立、2019年より、同事務所の代表を務められています。
2009年に建てられたこの住宅は、中佐氏がご両親と住まう為の2世帯住宅として計画されました。建築家の自邸とあって、気合十分にご両親のもとに計画案をプレゼンテーションしに行かれた中佐氏。
「元は大きな一つの家であること」そこから、内庭となる部分を曲線でくり抜き、この2棟の形が生まれたことを、模型を使ってご両親の目の前で熱弁したそう。
「元は大きな一つの家であること」これは建物図面を見ても如実に表れています。
2棟の仕上材をそろえることはもちろんのこと、構造部材の芯までもが通っているために、曲線でありながらも、佇まいが揃い、内庭を介しても繋がりを感じることが出来るのです。
母屋玄関と、内庭に大きく解放された窓には、カーテンがない。
母屋の中は「真壁づくり」といって、構造部材である木が表しとなっています。よく見ると、木の底には溝が切られています。これは住みながら、間取りを変えていけるようにと設計されているのです。予め溝を切っておくことで、将来部屋として仕切る必要性が出た際に、簡単に建具(*1)を設置して間仕切ることができる仕掛けです。
リビングからは愛車が眺められるよう、ガレージとの間は大きなガラスで仕切られています。それに加え、ガレージとリビングの仕上材を揃えることで、ガレージまでもがリビングの一部として感じられ、数字以上の広々としたリビング空間が作られています。
ダイナミックなこの吹き抜け、設計当初は吹き抜けではなく床が貼られる計画だったそう。中佐氏ご自身も、最後の最後まで悩みに悩み、2階の床面積を確保することを選択していたそうですが、いざ工事が始まり、構造部材が組み上がり、現場へ来てみて奥様が一言、「ここは吹き抜けの方が気持ちが良い」と。やっぱり、そうだよなぁ、とそこから大慌てで設計変更の手続きを済ませ、このダイナミックな吹き抜けが誕生したのだそう。うっすらと梁(*2)が通っていた跡が残るのも、中佐家の歴史となって刻まれています。
竣工から約11年。ご家族も増え、吹き抜けに面した大きな棚には、家族各々の暮らしが積み上がっています。手の届く範囲から必要頻度が考えられていて、中佐家の11年の秩序が伺えます。吹き抜けの天井高さはなんと8m。圧巻です。
お料理の得意な奥様の為の業務用キッチン。取材のたびに頂く手作りデザートがもう絶品!
シンクは2か所あり、ご夫婦でキッチンに立っても広々と使う事が出来ます。
2階へ上がると、小屋裏(*3)が表しとなっており、大きな気積の大空間が広がります。この家で一番長い垂直構造部材(*4)は、柱ではなく、この大屋根を支える束材(*5)なんだとか。
吹き抜けの周りには、家族の寝室や収納スペース、水回りが配置されています。
2階の梁底にもまた、溝がしっかり刻まれています。建築家の自邸であるこの中佐邸、竣工当初は実験的に、徹底して間仕切りのない空間づくりを行ったそう。なんと浴室や脱衣室にも仕切りなし!さすがに1年も経たずして、脱衣室にはこの溝を利用して建具の仕切りが追加され、浴室にも扉を設置したそうですが、住まいの当たり前に一つ一つ向き合う建築家の姿勢がうかがえます。
脱衣室から浴室を望む。梁の溝を使い、床にはレールを設置し、引戸の仕切りが追加されています。
吹き抜け越しの1階ガレージと2階寝室。右の扉の奥は現在子供部屋として仕切られていますが、上部は抜けていて家族は気配で繋がっています。
敷石を渡って、離れへ。1階は、将来ご両親が住まうことを想定し、和室となっています。現在は客間としても使われています。内庭に面した大きな窓は、母屋と程よい距離を保ちつつ、奥まったプライベート庭であるために、カーテンを付けずとも外部からの視線を気にすることがありません。
2階は現在、中佐氏の在宅ワークと趣味の部屋として使われています。図らずも、コロナ禍の暮らし方に対し、母屋と少しだけ離れていることで、使われ方が多様化しています。
家族の成長と共に、日々の暮らしは変化していきます。そこに寄り添うように、家もカタチや用途をかえ続けていく中佐邸には、11年たった今もなお変化に富んだ活き活きとした空間が広がっていました。
「住みながら考え、考えながら住む」そう話す中佐氏。
家は、竣工が完成ではなく、住まうことでも創られ続けていきます。それがやがて、愛着となり、家族の歴史となっていくのです。
暮らしや家を思う日々の積み重ねを楽しむ建築家住宅の魅力は、語り尽きません。
本住宅の設計者である中佐氏の出身事務所の代表山本理顕氏は、日本を代表する建築家の一人です。その同世代の建築家で、こちらも巨匠と呼ばれる安藤忠雄氏設計、伊東邸の記事も是非ご覧ください。
(*1)建具:窓、ドア、襖、障子などの総称。木製、鉄製等。
(*2)梁:水平方向にかかる構造部材。垂直に立てる柱に対し、横向きに渡される部材のこと。床や屋根などを支え、かかる力を柱に伝える材のこと。
(*3)小屋裏:屋根下、天井裏の空間のこと。
(*4)垂直構造部材:柱など、垂直方向に床や屋根を支える材のこと。
(*5)束材:垂直に立つ部材。床下に使われるものは床束、屋根周りに使われるものは小屋束と呼ばれる。柱材より一回り細いものが多い。
公開日 : 2021年03月23日 / 更新日 : 2021年03月23日
取材・文: 安藤美香 / 撮影: 千葉正人