実際に現場で断熱工事を手がける沼尻隼人さんと、NENGOの取り組みを外に伝える広報担当の石橋奏珠さんに、古い家の断熱をめぐるあれこれについてお話を伺う、前後編企画の後編です。前編では木造住宅の断熱工事が進まない理由やその難しさ、考え方の重要なポイントを伺いました。(前編はこちら)

暖かい!涼しい!だけじゃない断熱の意味

―――前回のお話では、断熱には「その家に合った方法」を見極めることが大切だと伺いました。実際に断熱改修をお願いするときには、どんなことに気を付けるといいでしょうか?
沼尻さん(以下敬称略) 断熱、というと暖かい家にする、涼しい家にする、ということが一番大きな目標に考えがちですが、実は「通気」との両立がとても大事になってきます。理由は湿気が逃げなくなっちゃうからなんです。空気と建物の表面の温度差が大きいと結露やカビの原因になります。それが長期にわたってしまうと建物が劣化してしまいます。

建物の個性から断熱を考える

―――実際に、築年数の経った戸建て住宅では、どのようなアプローチをされているのでしょうか?
沼尻 以前、築50〜60年の木造住宅のリノベーションを担当したことがあります。現在の木造住宅では、外壁や屋根に通気層を設けるのが一般的ですが、当時の住宅にはそうした構造がそもそも存在しませんでした。
断熱材には「通気を考慮するもの」と「通気を考慮しないもの」があります。たとえば、現在でもコンクリート造の新築建物では通気を設けないのが標準です。つまり、この築古の木造住宅においても、「木造向け」「RC向け」といった表面的な分類ではなく、建物が本来持つ構造的な性質との相性に着目して、断熱材を選定する必要がありました。
―――なるほど。建物の特性を読み解きながら対応するという点では、新築とはまったく異なる視点が求められるのですね。
沼尻 そうなんです。一方で、特に古い木造住宅の断熱改修の場合には、現代の魔法瓶的な考え方、いわゆる「高気密高断熱住宅」を目指すことが正解かどうか、分かりません。多くの古い木造住宅は、その構法上「隙間」が必然的にあるから、湿気がそこを通って逃げていくんですよね。だから気密だけ変に向上したりすると、湿気が行き場を失って、逆にカビや腐食の原因を作ってしまうこともあるわけです。
予算の関係で部分断熱をしたい、と相談を受けることもあるのですが、湿気や熱の移動が変わってしまって、思いもしないところに結露が起きることもあります。その意味では中途半端なやり方をするときほど、慎重になる必要がありますね。

住み継ぐあなたの生活から断熱を考える

沼尻 さらに言うと、暮らし方、使い方から断熱を考えるということも重要です。例えば窓。窓は断熱の観点からすると弱点にもなってしまいます。先程の事例では、リノベーションの間取りの変更で、収納を増やしたりする過程で、あまり重要度が高くなくなった窓がありました。デザイン性とのバランスの検討は必要ですが、窓を減らすことも選択肢の一つになります。
―――住まい手の生活のイメージができていると、よりよい改修が可能になるんですね。
沼尻 そうですね。それに加えて、その住宅には、今ではなかなか見られない「丸梁」が多数使われていたんです。こうした柱は、空間の魅力でもあり、時代の記憶でもある。多少の手間はかかりますが、それらを室内に見えるかたちで「活かしながら断熱を施す」という方針を取りました。コストパフォーマンスを最優先するというわけにはいきませんが、空間的な魅力を生かす設計こそが、リノベーションにおける断熱の工夫のしどころだと思います。

―――断熱の工事も、デザインと深く結びついている、ということですね。
沼尻 おっしゃる通りです。もともと存在しなかった断熱性能を後から加える以上、そのやり方ひとつで、元の空間の良さを引き出すことも、逆に損なってしまうこともあります。
場合によっては断熱以外の手法も検討します。例えば、屋根に遮熱塗料を施す、窓に遮熱フィルムを貼るといったアプローチも、温熱環境の改善には有効です。大切なのは、「その建物にとって最適な方法は何か」を丁寧に見極めること。それが、建物に寄り添った断熱のあり方だと考えています。

浜口ミホ「津田山の家」から見えてきた課題

―――NENGOさんというと、建築家住宅では浜口ミホさんの「津田山の住宅」の継承にもかかわられたと聞いています。やはりそちらも施工でも関わられていたのでしょうか?
石橋さん(以下敬称略) そうなんですよ。お声がけをいただいて、関わることになりました。直前までは取り壊して建売になる可能性もあったようなのですが、現存する浜口さんの建物はもうあそこだけなので、どうにか残す方法はないか、とみんなで知恵を絞りました。

―――そういう経緯だったんですね!建築家住宅の継承ならではの難しさもありましたか?
沼尻 そうですね。やっぱり特有の難しさはあります。例えば耐震壁とか。断熱の性能もそうですが、現在とは違う考え方で作られているので、無理やり現在の準に合わせて認定をとったりするわけではないんですけど、構造計算に基づいて補強を加えています。

石橋 もう一つの観点としては、古い建物に大きな金額のリノベーション費を借りるのって、実は結構難しいんですよね。そんな時に耐震や断熱をはじめとした各種の認定は、購入費やリノベーション費の銀行融資の条件になったりすることもあります。場合によっては武器にもなるので、その時々の総合的判断が必要です。そのあたりも戸建てのリノベーションがまだまだ少ない理由になってしまっていますね。
沼尻 これまでの話にもつながってきますが、私たちは特に古い住宅を改修するとき、季節と共に生活するというか、ほどよい断熱が大事だと思っていて。「継承」を重視する場合は、耐震やその他の改修についても同じことがいえると思っています。
石橋 今回の場合は以前のオーナーさんと基本的に同じ間取りのままで、浜口ミホさんの貴重な意匠設計をリスペクトしつつ、現代の生活にフィットした住まいになるよう新オーナーや設計の皆さんと話し合いを重ねました。

100年後の街つくり

沼尻 会社のミッションでもある”100年後の街つくり”にもつながってくるのですが、古い建物、特に木造の古い戸建てってものすごく多くて。国から補助金などのサポートもありますが、私たちは民間企業として、今ある建物をつぶさずに活かそう、なおかつ住みやすい環境を作っていこう、ということに取り組んでいます。
石橋 分譲マンションのリノベーションについては、各メディアでも取り上げられるように「自分らしい暮らし」を比較的低価格で作る手段として拡がってきています。一方で木造の古い建物をリノベーションするのは、技術的なむずかしさもあり、なかなか進んでいないのが現状です。
木造戸建ての場合には、安価に自分らしい生活を手に入れるというよりも、その家自体に魅力があって、オーナーさんと一緒に、その家の持つ価値自体を高めていくようなリノベーションのイメージを発信していけたらと思っています。
沼尻 100年後というと「こんな未来に向けてモノを作っています」というイメージを持たれる方も多いと思うんですが、私たちが思い描く100年後の街つくりってもっと「究極の普通」みたいなことなんですよね。今あってももちろん価値があるし、100年後もその価値が認められるような。その意味では「古いから残そう」ということでもなくて。この場所に良い場所、良い素材、良い色、そういうものを積み重ねて、100年後も1000年後もここにあるとよい建物、よい街を作っていきたいと思っています。
石橋 断熱改修やリノベーションも、そのためのアプローチのひとつです。建築家住宅の継承に取り組むのも、私たちにとっては100年後に通じる価値を作っているということなのかもしれません。

小まとめ

古い木造住宅の断熱改修には、ただ暖かさを追求するだけでなく、「建物の通気性」と「住まい手の暮らし方」に合わせた丁寧な検討が必要です。新築の建物とは違う、その家ならではの価値を発見し、「ちょうどよい住み心地」を探求する―――そんな古くて新しい家づくりを、断熱工事のプロと取り組めるとよいのかもしれません。
NENGOの取り組みは、建物の魅力を損なわず快適さを高め、100年先も住み継がれる街つくりを目指すもの。沼尻さん、石橋さんの”100年後の街つくり”に対する想いと、時代を超えて愛される家づくりのヒントが詰まったインタビューでした。

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