建築家住宅手帖は、単なる不動産売買サイトではありません。
建築の価値や、そこに宿る文化や歴史を理解し、不動産の仕組みを通じて、建築家住宅を継承していく活動です。かつて建築家が丹念に設計し、多くの人に影響を与えてきた住宅。その価値がしっかり社会に認識され、できるだけ長く使われ続けてほしい。そんな願いを胸に、私たちは日々、相談に応じ、現地を訪れています。
2025年に、ようやく年間数件の継承ができるようになりました。しかし活動を開始した当初、どれだけ情熱を持って取り組んでいても、理想とはほど遠い結果もありました。これまで多くの「遺すべき住宅」にであいましたが、そのいくつかが、力及ばず解体される場面にも立ち会ってきました。
目の前で壊されていく、名作住宅
私たちに相談される建築家住宅は、時には建築家の名前を聞くだけで多くの専門家がうなずくほどの、歴史的な評価がされる住宅もありました。そのひとつに、設計思想も明確で、美しい空間を持ち、年月を経た素材の深みも備えていた住宅を偶然に発見しました。
私たちはオーナーや関係者と面談を重ね、「この住宅を残し、次の世代へと活かしていけないか」と考え続けました。しかし最終的にその住宅は、前述した通り、解体されることになりました。
理由は一言で説明できるものではありませんが、相続、税制、土地利用、周辺環境、そしてそこに暮らす人たちの心境やそれぞれの家庭の事情が、つねに絡み合っています。建築的価値や文化的価値が「大切である」ことは皆が理解しながらも、それが優先できない選択がなされてしまうことがあります。
私たちができる限り論理的に状況や金銭面を整理したうえで、「遺せます」と説明しても、必ずそうなるわけではありません。建築や不動産の専門家として、また文化を代弁する立場をとりながらも、当事者たちの人生や責任の重みの前で、届ける言葉が思いつかなかったこともあります。
単に失敗と呼び切れない
こうした取り組みも、もちろん、意味はあったと思います。私たちはその過程で、
・建築が社会のなかで優位性を失う要因は何か
・間違いのない手続きの優先順位は何か
・所有者や相続人に本当に寄り添う立場とは何か
を、改めて学び直しました。
その経験は、次にであう建築家住宅を守るための知恵となり、建築と不動産と社会制度のあいだをつなぐ私たちの役割を、さらに明確にします。失われた建物は戻りませんが、そこで得た学びを、次の建築家住宅に活かします。
何年も前から準備し、「継承チーム」で伴走するという考え方
こうした経験のなかで私たちが痛感したことは、「価値ある住宅をどのように残すか」という問いや判断は、ある日突然やってくるものではなく、何年も前から少しずつ積み重なっていくものだ、ということです。
相続が現実味を帯びてから急に考えはじめるのでは、どうしても選択肢は限られてしまいます。オーナーの高齢化、家族構成の変化、暮らし方の転換、資産の整理。そうした兆しが見えたときから、
「この建築家住宅をどう遺すか」
「次に受け継ぐ人は誰か」
「どんな方法で継承する人を探すことができるか」
を、専門家とともに検討していく必要があります。
こうした気付きを経て、冒頭の通り、建築家住宅手帖は、単なる不動産売買サイトではあってはならない、と襟を正しました。建築の専門家、法務や相続の専門家、そして不動産の実務家がゆるやかに連携し、「継承チーム」として長い時間軸で伴走する体制を整えておくこと。それを実行する体制を、2025年には整えることができ、いつでもご相談頂けるように準備しています。
この経験を、次の世代の「残す力」に変えていく
日本ではまだ、古い住宅を文化として受け継ぎ、価値あるものとして認める、相続様式と不動産と金融の基盤が十分に整っているとは言えません。それをより良くしていくためにも、私たちは、ただ成功例だけを語るのではなく、こうした「間に合わなかった経験」も、正直に伝えていきたいと思います。
建築は、ある面では社会の鏡だと思います。様々な国や地域の建築や都市の風景を観察していると、表面的ではない、そこに暮らす人々が何を大切にしているのかが分かっていきます。そしてその鏡は、少しずつ磨かれていくものだと思います。
建築家住宅手帖の活動は、まだはじまったばかりです。うまくいかなかったことも、悔しさも、将来の糧にしながら、これからであう建築家住宅を、少しでも未来へ手渡せるように、これからも私たちは学び、考え、動き続けたいと思っています。

