物件解説
横浜市戸塚区、緑豊かな舞岡町。丘をかき分けて流れる舞岡川のほとりの県道を外れ、少し登ったところに、半分に割った兜のような屋根が見えてきます。
この建築を設計したのは建築家・本杉治郎(1932-2011)。株式会社東京設計事務所を主宰し、住宅や福祉施設など、数々の作品を手掛けた建築家です。代表作は自邸である本杉治郎邸(1963)。その9年後に竣工した、この旧本杉哲夫邸は、本杉治郎の兄の住まいであり、実家の建て替えのプロジェクトでもありました。
L字型のヴォリュームにぶつけられた、変形の入母屋のような屋根がこの建築の特徴です。外装は現在は波板鋼板でおおわれていますが、建築当初は屋根はスレート葺、外壁は下見板張だったようです。
玄関の脇には広い軒下空間があります。壁の芯を少し外して配された、枝分かれした2本の丸柱が、築50年を超えてなお、大きな軒を力強く支えて、縁側の落ち着いた空気を作っています。
玄関ドアを開けると、軽やかな階段と、木材の印象がどこか懐かしさを感じさせます。ロッジのような落ち着いた玄関は、天窓から入る日の光で、訪ねてくる人を明るく迎え入れてくれます。
玄関から右手側の戸を開け、リビングへと入ります。すると、玄関とは打って変わって、ダイナミックな空間が目に飛び込んできます。斜めに走る登り梁、それを支える力強い柱によって持ち上げられた天井の重力と、そこに配された高窓から差す、やわらかな日光。吹抜け空間を、緊張感と落ち着きと開放感とが同居した、不思議な心地よさのある場所にしています。
橋のような渡り廊下は片持ち梁で持ち上げられ、1階に柱を落とさないことで、吹抜け空間により強い解放感と緊張感を作っています。隅切の施された扉がどこかかわいらしさを感じさせます。
建築全体を通して、和風とも洋風ともつかない空間。かつてはイサムノグチの照明が各部屋に設置されていたそうです。
1階にはほかに、キッチン・ダイニングと、モダンな床が配された和室、水回りがあります。
玄関すぐの階段を上っていくと、天窓に明るく照らされた、小さな階段ホールがあります。こちらも隅切のある扉や引戸が、和室と納戸、トイレ、そして吹抜へとつながっています。
2階の渡り廊下は、吹抜に向かって解放され、不思議な浮遊感があります。ダイナミックな屋根をより近くに見ることができ、吹抜けからリビングを見下ろすこともできます。高窓の周りは、一見すると複雑なおさまりですが、雨漏りが今までなかったそうで、建築家によって練られた構法の賜物です。
渡り廊下の先には2室の洋室があります。赤と黄色に塗り分けられた建具が印象的です。当初は2室ともに絨毯敷きだったようですが、現在、1室は合板敷になっています。壁面が本棚の造作になっており、収納も十分に確保されています。それぞれ東、南と東向きの明るい部屋です。
知る人ぞ知る建築家・本杉治郎が、兄家族のために設計した建築家住宅、旧本杉哲夫邸。あなたもダイナミックな架構が生み出す空間で、かつての建築家の挑戦と家族への愛情に、想いを馳せてみませんか?
公開日 : 2023年12月07日 / 更新日 : 2023年12月07日
取材・文: 川原 聡史 / 撮影: 千葉 正人