物件解説
暖炉のある名作住宅をシェアして住まう
中央線荻窪駅北口から、徒歩で20分余り。閑静な住宅街に、この家はあります。奇をてらわず、端正で落ち着いた外観を持ち、周辺の環境に良く溶け込んでいるため、それが20世紀の巨匠フランク・ロイド・ライトの日本人最後の弟子である遠藤楽(1927-2003)の設計によるものである事に、言われなければ気付けないかもしれません。
彼の師匠である建築家フランク・ロイド・ライト(1867-1959)は、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に、近代建築の3大巨匠と呼ばれるアメリカの建築家です。代表作にニューヨークの「グッゲンハイム美術館」や、「カウフマン邸(通称:落水荘)」があり、日本では、帝国ホテルや自由学園の校舎などの作品を残しています。そんなフランク・ロイド・ライトが晩年に建築の教育に力を入れ、自らタリアセンという建築塾を開きました。そのタリアセンに通っていた日本人の中で、ライトが直接指導をした最後の弟子となったのが、この建築の設計者の遠藤楽です。また、遠藤楽の父親は遠藤新(1889-1951)という建築家であり、この人物もまたフランク・ロイド・ライトの右腕と呼ばれた著名な建築家でした。この「杉並の家」と呼ばれる住宅は、遠藤楽が47歳の時の作品であり、遠藤楽とこの住宅のオーナーのSさんが友人だったことから生まれました。
前面道路の人の気配を上手く消してくれる高さに設定された塀。その笠木には大谷石が使われています。外観から内部への期待感が高まります。玄関前のスペースを抜け、奥に待つ木製の玄関ドアの色合いは、その年代の積み重ねを感じさせます。室内に入ると、吹き抜けのあるリビングルームがあり、特別にデザインされたソファや、この物件の中心に据えられた暖炉、そしてダイニングスペースへのステップにも、共通して外と同じ大谷石が使われ、天井の高い空間と相まって、外のような開放感が得られます。このソファに座り、暖炉に薪をくべ、パチパチとはじける音を聞く時間は、この家における最高の贅沢です。室内の壁の板張りや、庭との連続性など、やはりフランク・ロイド・ライトにも通じる、自然との調和を特徴とした有機的建築の神髄をそこに見る事ができます。
それから44年、家族は時と共に形を変え、2018年、ついには住まい手のいない空き家となったのです。空き家になった後、Sさんはこの住宅の今後について深く悩まれました。こういった空家のオーナーは、自身で住んではいないとは言え、この物件が痛まないよう、時折訪れて風通しや掃除を行う手間がかかり、固定資産税などの費用負担もあります。Sさんは、売却の方向性も検討されていました。その一方で、本当にそれ以外に方法がないのか、ご自身たちが育った愛着と思い入れのあるこの家を残す方法はないのかも検討していました。そこで相談したのが創造系不動産でした。
若手建築家によるサブリースモデル
創造系不動産は、若手建築家ユニットの勝亦丸山建築計画に声をかけ、この住宅をシェアハウスにする相談をしました。勝亦丸山建築計画は若手建築家の中でも、設計だけではなく事業的な提案、そして自らが事業主となる提案を得意としている、新しいタイプの建築設計事務所です。勝亦丸山建築計画は空家となっているこの物件を、Sさんから一棟まるごと借り上げ、自ら事業主体となる企画を作り、シェアハウスにリノベーション工事をした場合の試算を行い、Sさんにその計画を提案しました。この事業スキームの概略図に示すように、オーナーから借り上げた事業主の勝亦丸山建築計画が、自らの費用でこの物件にシェアハウス転用のためのリノベーション工事を行い、その後、直接入居者と契約行い、シェアハウスを管理、そして運営も行い賃料を収入として得ていくモデルです。このモデルはオーナーから借りたものを又貸しするため、一般的に「サブリース」と呼ばれます。
この方法の良い点は、オーナーに初期投資費用が掛からないという事です。そのためオーナーとしては、なるべくリスクを減らしながら、この物件の日常的な維持管理の手間もなく、さらにその賃料収入で固定資産税等を支払う事が可能です。デメリットは、間に入る事業者が出資しているため、オーナーは一般的に賃貸に出すより安い賃料で事業者に貸し出す必要がある事です。そして、建物の構造や屋根、外壁、窓、 設備 といった、建物本体に関わる修繕は、オーナーが負担する事の2点と考えられます。1つめに関しては、自己投資をせず、リスクを減らす事とトレードオフですが、2つめの対策として、事業者からの賃料の一部を、毎月積み立てるという形をとり、いざというときの最低限の補修費用を貯めていくという方法を取っています。オーナーの不安をなるべく減らす一つ一つの工夫が、この物件を売却せず、残すという決断の後押しになりました。
個人住宅をシェアハウスに
今回のシェアハウスへの転用のリノベーションでは、なるべく既存の建築が持つ雰囲気をそのまま残す事が意識されました。建築家自体が事業主となってリノベーションするため、既存の遠藤建築へのリスペクトがあったからです。そのため工事内容は、居室を間仕切り壁で2つに分ける事や、2階に避難経路を確保するために、バルコニーに直接出る事ができるようなホールを設けるなど、最低限度の範囲に抑えられました。またこの物件が実現できた背景として、2019年6月に改正された建築基準法によって、建物の用途変更(今回の場合は住宅から寄宿舎※シェアハウスは建築基準法上寄宿舎に該当。法改正前は100㎡以内の部分に限定して運営。)において、申請が免除される面積が元々の100㎡以内から200㎡以内に緩和が拡充されたことも影響しています。これにより、今まで法的にハードルが高かった既存住宅の活用が、行いやすくなったのです。今後このような活用事例が増えていくことが期待されています。
2018年の夏にオープンして以降、運営も行っている勝亦丸山建築計画のつながりから、建築関係の方から注目が集まりました。駅から遠く、一般的には借り手が少ない物件でしたが、すぐに満室となりました。いまではオーナーのSさんは、ご自身の誕生パーティーをご友人を集め、 リノベーションを担当した建築家や入居者とともに このシェアハウスのリビングで行うなど、いい関係を築いています。この物件の存続によって、Sさんやそのご家族だけではなく、この住宅の価値が再度多くの人に伝わり、広まる機会が生まれました。今回の杉並の家のように、目の前にあるその物件を、大きな視野で価値を見定める事が、オーナー、そしてそのご家族にも求められているのかもしれません。
この物件は賃貸物件です。下記HPから現在の空室状況やその他賃料等を確認頂けます。
勝亦丸山建築計画HP:http://katsumaru-arc.com/02_works/1812_img_share.html
遠藤楽氏設計の名作住宅を賃貸として、住むことが出来るなんて、建築が好きな方、建築学生や建築関係者にとっては最高の贅沢ではないでしょうか。
公開日 : 2020年09月01日 / 更新日 : 2020年11月17日
取材・文: 佐竹雄太 / 撮影: 千葉正人