物件解説

新宿駅から小田急線で約1時間。ロマンスカーも停まる秦野駅を降りると、サイクリングや登山で知られる丹沢を背景に、まちの中心を流れる水無川と、家々の風景が目に飛び込んできます。
駅から10分ほど歩いた高台に、この家は静かに佇んでいます。その名は「鶯(ウグイス)の家」——敷地に響く鶯の鳴き声から、そう名づけられました。

柿沼守利という建築家

この家を設計したのは、柿沼守利(1943年生まれ)。若くして巨匠・白井晟一に師事し、16年にわたり白井晟一建築研究所に在籍しました。
虚白庵、松涛美術館など、白井晟一の黄金期を担当者として支え、幾多の名建築に携わったのち、師の逝去を機に独立。以降は、佐賀県の有田焼展示施設「チャイナオンザパーク」、福岡県の寺院「光圓寺」をはじめ、多数の住宅建築を手がけました。師から受け継いだ重厚な空間構成と素材へのこだわり。その二つが生み出す陰翳と静謐さが、柿沼建築の真骨頂です。

大きな家と、大きな庭

建築家らしい陰翳と静謐さに加え、この住宅が持つもう一つの大きな魅力は、家も庭も、ゆったりと大きいことです。LDKに加えて、複数台を駐車できる車庫、4つの個室、2つの浴室と洗面脱衣室、2つの大きな収納、そして本格的な防音と音響機能を備えた音楽室まで——敷地面積540.17㎡、延床面積396.93㎡。広さと豊かさの両方を、日常のなかで実感できる住まいです。

空間をめぐる

玄関扉を開けると、籐編みの靴箱と、石貼りのゆったりとした玄関が出迎えます。掻き落としたリシンの壁、布地の天井、織物の階段面。素材のひとつひとつに意志が宿るその空間は、柿沼建築らしい穏やかな陰翳を湛えています。

廊下の奥へ進むと、深緑と木地を互い違いに組んだ、面格子の大きな扉が現れます。それを開けると、静謐さに満ちたリビング・ダイニングが広がります。外の豊かな緑に時折目を向けながら、静かに本を読んだり、ゆっくりと食事をしたり。気づけば時間を忘れてしまうような場所です。

ダイニング横の扉からも出ることができる広い庭には、季節の移ろいを楽しむことができる植物と、鳥たちが立ち寄るバードプールがあります。庭のあちこちには柿沼さんから贈られた石や置物も佇んでいます。

庭から別の扉をくぐると、小さな温室と大きな音楽室へと続きます。かつてはグランドピアノを置き、サロンコンサートも開いていたという本格的な仕様。楽器演奏の場としてはもちろん、シアタールームやオーディオルームとしても活躍できる空間です。

1階には、床の間と瓦敷きの犬走りを備えた和室もあります。隣に広がる竹林の青々しさが目に鮮やかで、竹林から聞こえてくる鶯の声に耳を傾けるひとときは、自然と心を穏やかにしてくれます。

石と木をふんだんに使った1階の浴室は、旅館のような設え。日常のなかに、非日常のくつろぎがある場所です。

踏み心地の良い布目の階段を、トントンと上がっていくと、小さな階段ホールが現れます。コレクションを飾ったり、お気に入りの本を並べたりして、窓辺でちょっと眺めてみる、そんな時間を過ごすのもよいかもしれません。

2階には3室のベッドルームがあり、開放的なバルコニーがぐるっと部屋の周りを囲んでいます。大きな木製サッシは戸袋の中に引き込むことができ、外と中を一体にしてくれます。広いバルコニーではかつて、ハンモックを置いて昼寝をしたり、家族でバーベキューをしたりしていたそうです。

所有者インタビュー|柿沼さんと建てた「鶯の家」での20年

――建築家の柿沼さんとはどんな出会いだったのでしょうか?

柿沼さんも秦野に住んでいらっしゃったんです。私たちも以前から秦野に住んでいて、奥様と地域のサークル活動を通じて知り合いになって。夏のキャンプのイベントなどでご夫婦と一緒になることもあり、自然と親しくなっていきました。

以前から建築のお仕事をされていると伺っていたので、家を建てようと考え始めたとき、まず柿沼さんに相談してみようと思ったんです。

――この家を建てる以前から秦野にいらしたのですね。この場所との出会いはどのようなものだったのでしょうか?

私たちは親の代から秦野に住んでいます。以前は別の場所に家を構えていたのですが、今から23年前、道路の拡幅に伴ってそこを離れることになり、新しい家の計画が始まりました。

知人の不動産屋に相談すると、もともとある企業が保養地として所有していたこの土地の存在を教えてくれました。売りに出る以前から知っていた場所でしたし、緑に囲まれた環境のよさも感じていたので、その一部を譲っていただくことになったんです。

――柿沼さんとの家づくりはどのようなものだったのでしょうか?

最初は「少し相談してみよう」という程度のつもりだったんです。でも、広い土地のせいでしょうか、柿沼さんはもうすごく乗り気で(笑)。結果として設計をお願いすることにしました。

私たちが希望したのは、高齢の両親と同居することを想定した家。彼らがゆったりと暮らせるような空間にできたらと考えていました。

建てる過程で特に印象に残っているのは、「建前(上棟式)」です。現場に紅白の幕がバン!と立てられて——私たちは事前にどういうものか知らなかったものですから、「なんだこれは」と驚きました。地鎮祭もかなり盛大で、柿沼さんはそうした儀式の部分にもこだわる方でしたね。

現場では、柿沼さんは本当に細部まで——高さ、位置、作り方——すべてにこだわっていらっしゃいました。しょっちゅう現場に顔を出されて、例えば窓の高さひとつとっても、大工さんたちに「この窓はこの高さで」と直接指示を出していくんです。柿沼さんのこだわりにも驚きましたが、それについていく職人さんたちの技術の高さにも、本当に舌を巻きました。

――この家の思い出を教えてください。

和室は、もともと両親のために作った部屋でした。両親が亡くなってからも、この部屋はあらゆるイベントで大活躍しました。七五三や百日祝いのときはみんなで集まって、孫たちが泊まりに来たときには客間として。布団を敷けば何人でも融通が利くので、本当に使い勝手のよい部屋でした。

音楽室は、娘がピアノを弾くために、ちょっとしたコンサートができるくらいの仕様で作りました。隣のサンルームでは夫が趣味の植物を育て、私はお庭でバラを育てて。コンサートと同時開催で、いろんな方にお庭を見ていただいたこともありましたよ。

――ご友人やご親族など、いろんな人が集まる家だったんですね。

本当に、この家ができてからたくさんの人に来ていただきました。大きなダイニングテーブルをお客さんと囲んで食事をしたり、お庭のバードプールでみんなで朝食を食べたり。

次にこの家に住まれる方も、「お客様を呼びたい人」「人が集まる家にしたい人」がきっと合うんじゃないかしら。朝日が柔らかく差し込むダイニングで迎える朝——それが、私にとってこの家での最高の時間でした。そんな時間を、だれかと一緒に過ごしてくれる人に、ぜひ住んでもらえたらと思います。

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建築家・柿沼守利が設計し、所有者と20年の時を歩んだ「鶯の家」は、たくさんの記憶と想いを載せて、次の住まい手を待っています。あなたも建築家が作った陰翳と静謐さのなかで、穏やかな暮らしをしてみませんか?

公開日 : 2026年8月5日 / 更新日 : 2026年8月5日 川原聡史

建築家紹介

柿沼守利

間取り図

物件データ

建築

物件名
鶯の家
所在
神奈川県秦野市
設計
柿沼守利
構造設計
不明
施工
竣工年
2005年
構造
木造
規模
2階建て
面積
土地面積 540.17㎡(公簿)
延床面積 396.93㎡(公簿)
設備
床暖房
主な外部仕上
主な内部仕上

不動産

価格
9,000万円
交通
小田急線秦野駅徒歩10分(ロマンスカー停車駅)
権利
所有権
制限
周知の埋蔵文化財包蔵地
間取り
5LDK+防音室+車庫
インフラ
公営水道、公共下水、都市ガス
現況
空室
引渡
応相談
備考
ホームインスペクション実施済み、売主の契約不適合免責

写真集

借りたい・買いたい・使いたい