東京都世田谷区、緑豊かで閑静な住宅街の一角に、イギリス人の建築家、ジョン・ポーソン氏が日本で設計したファーストハウス手塚邸が、そっと佇んでいます。コンクリ―トキューブの存在感が街に馴染んでいます。

施主の手塚さんとジョン・ポーソン氏との出会いは、とても運命的なものでした。当時の心境を奥様が話して下さいました。
「作品集でジョン・ポーソンの自邸を目にしたとき、これが私の家だ!と思い、連絡ルートを探し出しました。そこで運よく全てが流れるように繋がり、ポーソン事務所より電話を頂き、夢中で思いをお伝えすると、彼は快く、あなたの家をデザインします、と応えてくださいました。」
こうしてジョン・ポーソン氏の設計による家づくりが始まりました。ご夫妻は、ロンドンにある彼の自邸にも足を運び、そこで彼と初めて対面しました。その時の彼の印象は、あまり多くを語らない、寡黙な人だったと言います。お茶を出してくれた際、何気なく使っていたトレーは、彼がデザインしたものだったそうです。

15年の時を経た手塚邸へ。一歩足を踏み入れると、異国に来てしまったかのような洗練された空間がありました。ワイマラナーの親子が、ようこそ!と元気に私たちを出迎えてくれました。中庭からは、自然の光が時と共に移ろいながらふり注ぎ、リビング全体をやさしい明るさで包み込みます。照明をつけなくても昼間は十分に明るいのです。また、建物を地面に埋め込んだ設計であるため、天井高さをしっかり確保することができ、より一層開放感のある空間となっています。
リビングから中庭に続く石のベンチが、奥行感を引き立て、窓枠はピクチャーフレームとなり、中庭の風景を切り取っています。隣地からの視線をすべて遮ることで、上質なプライベート空間を実現しています。中庭に植えられた紅葉の木は、どの部屋からも眺めることのできる配置となっており、季節と共に四季折々の風景を演出します。

特注で備え付けられたジョン・ポーソン氏設計のソファ。左奥、存在感のある丸柱が玄関、キッチン、リビングの空間を柔らかく仕切っています。
手塚さんが望むことは、言わずとも提案され、設計はとてもスムーズに進んでいきました。
ジョン・ポーソン氏の設計スタイルは、その国のものを柔軟に取り入れながら創っていくため、海外のものと日本のものが、自然と共存していくのです。

茶室から望む中庭の紅葉。

ジョン・ポーソン氏デザインの花瓶がシンプルに置かれた茶室。

本格的な水屋も。秋田杉の香りは今も心地良い。

「モノも家も、大きな軸としては同じもの。研ぎ澄まされた「住まい」という「器」ができ、この家で暮らしていくことで、暮らしの道具ひとつひとつが溶け込みます。」手塚さんは、このように語り、家にあるありとあらゆるモノは、家との調和が取られています。フライパンやお鍋も、もちろんジョン・ポーソン氏のデザイン。

また、手塚さんは「暮らしの中でできたシミや汚れは、突然できたわけではなく、それも一つの味であり、一つの歴史であると思うんです。」と言い、この建物が日々変化を続けていることを、どこか楽しんでいるようにも感じました。それを生活の蓄積によって出来た「歴史」であると捉える事で、その考え方や感じ方は変わるのではないでしょうか。

2階の寝室の天井には、一切照明がありません。ベッドのヘッドレストやデスク裏など、低い位置に間接照明が配置されているだけです。余計なものは一切ありません。

中庭に向け開放的なお風呂。ここまで大きな開口が取れるのも、コンクリートの壁がまわりの視線を遮っているからこその醍醐味です。

そしてなんといっても圧巻だったのが、浴室奥にある、四角く空を切り取ったなんとも贅沢なプライベート空間、夏でも冬でも気持ちの良い「スカイシャワー」です。
当初つけていた扉に不具合が出た際、奥様は「誕生日には新しい扉が欲しいの」と、建築好きの友人と盛り上がったというエピソードを伺い、思わずほっこりとした気持ちになりました。
家や暮らし、道具のひとつひとつに愛着を持って暮らすことの豊かさを、手塚さんは改めて私たちに伝えてくださいました。またそれは、施主としての建築に対する熱意により導いた暮らし方だったのです。
たくさんの出会いやもので溢れた世界の中から、自分にとって本当に必要なものを選ぶ手助けとして、大きな「器」である「住まい」が、そっと寄り添うことができたら、日々の暮らしは、より一層豊かになるのではないでしょうか。そんな住まいづくりができるのも、建築家住宅の醍醐味なのです。

公開日 : 2020年11月24日 / 更新日 : 2020年11月24日
取材・文: 安藤美香 / 撮影: 千葉正人

 

 

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