建築家が設計した住宅は、完成したばかりの美しい写真や図面とともに紹介されることが多い。
では、その家に5年、10年と暮らしたあと、住まい手はどんなことを感じているのだろう。
設計中は何を考え、何に悩んだのか。完成した家で実際に暮らしてみて、建築家に頼んで良かったことは何だったのか。逆に、大変だったことや、建てる前には想像していなかったことはなかったのか。
建築家住宅手帖では今回から、建築家と家をつくった「その後」の住まい手に話を聞いていきたいと思います。
最初に訪ねたのは、神奈川県横浜市に建つ「笹沼邸」です。
設計を手掛けたのは、建築家の北澤伸浩さん。1983年長野県生まれ。千葉大学工学部を卒業後、慶應義塾大学大学院を修了し、2008年から2019年までSANAAに勤務。2018年に北澤伸浩建築設計事務所を設立しました。
笹沼邸は、そんな北澤さんが独立した初期に設計した住宅のひとつです。
2019年に竣工した木造2階建て。187.85㎡の旗竿敷地に、笹沼さん家族が暮らすオーナー住戸と、単身者向けの賃貸住戸2戸が一体となって建っています。
単純に「自宅+アパート」としてそれぞれを分割するのではなく、いくつかの部屋を敷地の中で少しずつずらしながら配置し、光や風、人の気配を共有するように構成されています。
オーナー住戸は、2つの賃貸住戸のあいだを縫うように敷地全体へ広がる、立体的なワンルームです。
完成した笹沼邸は『住宅特集』2019年10月号、『GA HOUSES』165号 にも掲載されました。
そしてこの土地を、笹沼さん、北澤さんと一緒に探していたのが、当時、創造系不動産に所属していた私、佐竹雄太です。
土地を探していた頃から約8年、竣工してから約6年。
久しぶりに当時のことを振り返りながら、笹沼さんに「建築家と家を建てたこと」について聞きました。
建築家に頼むと決めていたわけではなかった
佐竹 そもそも、建築家と家を建てようと思ったきっかけは何だったんでしょう。
笹沼 北澤さんがきっかけではあるんですけど、もともと「いつか家を建てたいな」とはじんわり思っていました。でも、本当にやるとは思っていなかったかもしれないですね。
小学生くらいから『渡辺篤史の建もの探訪』をずっと見ていたんですよ。
だから、建築家とか設計する人がいて、面白い家をつくっている、ということはなんとなく知っていました。
ただ、結婚して実際に家を買おうとなった時も、最初から建築家に頼もうと決めていたわけではありません。
新築マンションも見ましたし、中古マンションを買ってリノベーションすることも考えました。
新築マンションはあまりグッとこなくて、金額的には中古マンションをリノベーションすることになるのかな、と思っていました。
佐竹 北澤さんとは、その前から知り合いだったんですよね。
笹沼 妻と北澤さんが高校の同級生なんです。北澤さんがSANAAに勤めている時もつながりは続いていて、家も近く、会ったり遊んだりする関係でした。
その後、子どもが生まれて、それまで住んでいた家が手狭になったので、一度マンションに引っ越しました。
そのマンションが2年間の定期借家だったんです。だから「この2年のうちに次の家を決めよう」と自分たちにプレッシャーをかけました。
買うのか建てるのかは分からないけれど、次に住む家は自分たちの家にしよう、と。いろいろ見てもやっぱりピンとこなかったので、「それなら北澤さんにつくってもらおう」となりました。ただ、土地をどう探せばいいのか分からない。そこで北澤さんから佐竹さんを紹介してもらったんですよね。
2,000万円の土地を探していた
佐竹 最初から賃貸併用住宅を考えていたわけではなかったですよね。
笹沼 最初は普通の戸建てを建てるつもりでした。当時は毎月の支払いを10万〜15万円くらいに収めたいと思っていて。手持ちのお金もそんなになかったので、土地と建物を合わせて4,000万〜5,000万円、最大でも6,000万円くらいかなと。北澤さんに建物をつくってもらうなら3,000万円以上はかかるだろうから、土地は2,000万円前後で探していました。
佐竹 そう考えると、かなりいろいろな場所まで見に行きましたね。
笹沼 京急沿線とか、いろいろ見ました。
金沢文庫では、ものすごく広い旗竿地も見ましたね。300〜400㎡くらいあって、「ここなら笹沼村をつくれるんじゃないか」みたいな話までして(笑)。
佐竹 ありましたね。賃貸棟も自宅もつくって、みたいな。
笹沼 ただ、擁壁がすごかったんですよね。
直すだけで1,000万円くらいかかると言われて、みんなから「やめておけ」と言われました(笑)。
そんな中で、妻がパン屋さんが好きなので、たまプラーザに行った時に「この街、いい街だ」となったんです。
土地を見てみると4,000万円くらいする。当初考えていた金額より2,000万円くらい高い。
でも土地は広いし、田園都市線で、駅からもそこまで遠くない。裏側も開けていて、環境もいい。
だったら、賃貸併用住宅にして家賃収入を得ることで成立させられないか。それが今の家につながる入口でした。
旗竿地の奥に、自宅と2つの賃貸住宅をつくる
結果的に購入したのは、横浜市内にある南北に長い旗竿敷地でした。
道路から細い路地状部分を進んだ先に敷地が広がっています。
街区の中央にありながら、西側は隣地の駐車場によって開けている。一般には制約と捉えられることも多い旗竿敷地ですが、北澤さんはその奥行きや周辺の空地を利用しながら、自宅と2つの賃貸住戸を配置しました。笹沼邸の延床面積は159.60㎡。賃貸部分は、それぞれ性格の異なるワンルーム2戸です。
ひとつは道路側から専用の外部階段を上った先にある、日照と眺望に恵まれた住戸。
もうひとつは敷地の奥にあり、オーナー住戸によってつくられた屋根付きの庭に面しています。
そして笹沼さん家族の住戸は、その2つの賃貸住戸の隙間を縫いながら、敷地全体を上下左右に移動していくようにつくられています。
一般的な家のように「1階」「2階」と明確に生活が分かれるというより、床の高さが少しずつ変化しながら、ダイニング、リビング、庭などが連続していく住まいです。
「こっちが自宅、こっちが賃貸」ではなかった
佐竹 最初にプランを見た時、どう思いました?
笹沼 どんなプランが出てくるのか全然分からなかったんですけど、出てきたものを見た時に、「分ける」というより、ミックスすることでお互いを伸ばし合っているという印象を受けました。僕らの家があることで軒下ができたり、屋上にアプローチしやすくなったりする。
単純に「こっちがオーナーの家、こっちが賃貸」と分けるんじゃなくて、お互いの空間を活かしている。「建築家って、こういうふうに考えるんだな」と思いましたね。
北澤さん自身も笹沼邸について、性格の異なる住空間が同じ敷地にあることで、それぞれが単独で存在する以上に豊かな環境になることを考えたと説明しています。
部屋を少しずつずらしながら配置し、それぞれに異なる方向から光や風を取り込みつつ、住人同士の気配もほどよく伝わる。
賃貸併用住宅を、単なる「住宅ローン+家賃収入」の仕組みだけで終わらせず、それ自体をひとつの建築的な環境として考えているところに、笹沼邸の面白さがあります。
他人と同じ建物に暮らすということ
佐竹 一方で、入居者が自宅の近くを通るので、自然と顔を合わせる関係にもなります。
そこには抵抗はありませんでした?
笹沼 ポジティブでもネガティブでもない、くらいでした。
家の中にいる時に目線が合うのは避けたいと思いましたけど、敷地の中で会って挨拶するくらいなら全然いい。
家族みんな、挨拶するのが嫌だとか、そういう閉鎖的な感じでもなかったので。むしろ、まったく会ったことのない人が同じ建物に住んでいるより、顔見知りで挨拶できる人が住んでいる方が安心感があります。
僕らがいない時でも誰かが住んでいて、人の出入りがある。防犯的にも安心しますね。笹沼邸は、プライバシーを保ちながらも、完全には分断しないように開口や動線が調整されています。
そこに暮らす人同士が積極的なコミュニティをつくることを求められているわけではありません。ただ、同じ敷地に暮らす人の存在が、なんとなく分かる。
その微妙な距離感は、完成から6年が経った今も続いています。
メロンをおすそ分けするくらいが、ちょうどいい
笹沼 積極的に家に招いたりすることはないんです。
でも、例えば実家からメロンが届いたら、おすそ分けしたり。
会えば挨拶したり。そのくらいですね。最初はみんなでバーベキューしてもいいかなと思っていたんですけど、案外やらない(笑)。
佐竹 でも、そのくらいの距離感の方が、入居者にとっても気兼ねがなくていいのかもしれませんね。
笹沼 そうかもしれないですね。
建築写真を見ると、自宅と賃貸住戸が入り組んだ構成から、住民同士の濃密な交流を想像するかもしれません。
でも実際に6年間暮らして生まれたのは、もっと普通で、穏やかな関係でした。
顔を合わせれば挨拶する。ときどき、メロンをおすそ分けする。
それくらい。建築が人間関係を決めてしまうのではなく、人がちょうどいい距離を選べる状態をつくっているとも言えそうです。
「うわ、マジか」と思ったこともある
もちろん、賃貸併用住宅での暮らしが、いいことばかりだったわけではありません。
特に大変だったのは、子どもたちがまだ小さかった頃。
そこにコロナ禍が重なりました。
笹沼 子どもが2階で走ると、足音が結構響くんですよ。
当時、1階の入居者の方が在宅ワークをしていました。
こっちも保育園に子どもを預けられなくて、家の中の人口密度がすごく高い状態だった。
子どもは家の中を走り回るし、下では仕事をしている。
それで「もう少し静かにできませんか」という話になったことがあって。
こっちも子どものことでいっぱいいっぱいだったので、「うわ、マジか」と(笑)。
その時はきつかったですね。洗濯機の振動が気になったこともありました。
佐竹 これは実際に一緒の建物に暮らして初めて分かったことですね。
笹沼 そうですね。もし次につくるなら、振動するものは1階に置くとか、子どもが走り回りそうなリビングはなるべく下にするとか、そういう配慮はすると思います。
賃貸併用住宅によって、笹沼さん家族は経済的なメリットを得ています。
一方で、そこには「他人と同じ建物に暮らす」という現実もあります。建築家住宅の完成写真だけからはなかなか見えてこない、住んでから初めて分かるリアルな部分です。
前編はここまでです。
建てた後の暮らしを深堀していく後編をお楽しみに。

笹沼さん撮影,日常のダイニング
笹沼邸|建築概要
所在地:神奈川県横浜市
主要用途:長屋(オーナー住戸+賃貸住戸2戸)
構造:木造・在来軸組工法
規模:地上2階
敷地面積:187.85㎡
建築面積:78.79㎡
延床面積:159.60㎡
設計期間:2018年4月〜2018年10月
工事期間:2018年11月〜2019年5月
設計:北澤伸浩建築設計事務所/北澤伸浩
構造設計:平岩構造計画/平岩良之
施工:21世紀工務店/古岡優典, 阿部隼
不動産:創造系不動産/佐竹雄太(現アラウンドアーキテクチャー)
掲載:『住宅特集』2019年10月号、『GA HOUSES』165号
photo:三嶋一路
北澤伸浩|プロフィール
1983年長野県生まれ。2006年千葉大学工学部デザイン工学科(建築)卒業。2008年慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。同年より2019年までSANAAに勤務。2018年、北澤伸浩建築設計事務所設立。

