建築家住宅は、特別な空間の個性や、ドローイング(図面)の美しさに注目が集まりがちです。しかし、その建築を現実のかたちへと立ち上げ、長く住み継がれる存在へと紡いでいくには、良質な施工者の存在が欠かせません。創業から半世紀以上にわたり、高橋公子さん、稲富昭さん、平田晃久さんなど、数々の建築家と協働してきた「大原工務所」。今回は、大原工務所の前代表である大原彰さんに、その歩みを通して、建築家住宅を「つくる」とはどういうことなのかを伺いました。
―――本日はよろしくお願いいたします。まずは、大原工務所のこれまでの歩みからお聞かせください。
大原さん
会社としての創業は昭和32年です。その前に父が昭和29年に一級建築士事務所として登録し、設計から始めました。その後、建設業の許可を取り、施工も行うようになりました。当初は住宅よりも、ガソリンスタンドや倉庫、企業の営繕工事が中心でした。
―――建築家とのお仕事を主軸にされたのは、いつ頃でしょうか。
大原さん
私が代表になってからです。父が亡くなり、私が会社を継いだのが1981年。その頃から徐々に住宅へ軸足を移しました。建築家との本格的な仕事もその流れの中で増えていきました。
図面の向こうにある「意図」を読む
―――建築家との仕事は、どのように広がっていったのですか。
大原さん
最初は、私が若い頃に在籍していた構造設計事務所とのつながりがきっかけでした。そこではプレキャストコンクリートや立体トラスなど、当時としては先進的な構造を扱っていました。構造計算も、IBMの計算機センターに何千枚ものパンチングカードを持ち込んで行う時代です。
―――いまからは想像もつかないですね。
大原さん
一枚でも穴の位置を間違えると全部やり直しですからね(笑)でも、あの経験が大きかった。構造を理解していると、設計者がどこに力を入れているのかが見えてくるんです。
―――力を入れている部分、ですか。
大原さん
手描き図面の時代は、特に分かりやすかったですね。濃く描かれているところ、詳細図が付いているところ。そこに設計者の思いがある。いまはCADで均質に出力されるので、図面だけでは読み取りにくいこともあります。
「会って話す」ことの意味
―――時代の変化を感じることはほかにもありますか?
大原さん
大きく変わりました。昔は図面ができたら設計事務所へ行き、現場へ行き、対面で打ち合わせを重ねていました。現場でフリーハンドで修正し、そのまま職人に伝える。FAXもメールもありませんから、とにかく会って話すしかなかった。
いまは事前に図面データが共有されますよね。便利にはなりました。ただ、図面だけでは分からないこともあります。「この部分がポイントなんだ」という設計者の本音は、やはり言葉で聞かないと伝わりません。私はいまでも、なるべく直接話すことを大切にしています。
三者のトライアングル
―――建築家住宅をつくる上で、最も大切なことは何でしょうか。
大原さん
設計者・施工者・施主、この三者の関係がうまくいっていることです。私はよく「三角形がきちんとできていないと良い建物にはならない」と言います。どこか一辺が崩れると、必ず後で問題が出ます。
例えば上棟式です。最近は簡略化されがちですが、私はできるだけ行うことを勧めています。その場で職人を施主に紹介する。「この人たちがつくります」と伝える。顔の見える関係を築くことが、その後のメンテナンスにもつながるんです。
―――建てた後の関係性まで見据えているのですね。
大原さん
うちは建てた職人が、その後も基本的にはメンテナンスに行きます。大手のように部署が分かれるのではなく、当事者が再び訪れる。それが信頼をつくるのだと思います。
「つくる責任」と「残す責任」
―――半世紀にわたり、建築家住宅と向き合ってこられました。いま感じていることをお聞かせください。
大原さん
建てたら終わりではない、ということですね。瑕疵担保が10年だから10年で終わり、という考えでもありません。不具合があれば、何十年経っても行きます。実際、父の時代に建てた60年前の建物からも今も連絡があります。
積み重ねはとても大事です。建築家住宅は、完成した瞬間がゴールではありません。住み続けられ、手を入れられ、対話を重ねながら成熟していくものです。その過程に施工者として責任を持つ。それが私たちの役割だと思っています。
設計の意図を読み取り、対話を重ね、建てた後も関わり続ける。大原さんの言葉からは、施工者としての技術以上に、建築家住宅に対する真摯な向き合いの積み重ねの歴史を感じました。建物の完成後、メンテナンスでも長くかかわってきた大原さん。
次回は、具体的なメンテナンスの実例と、住み継ぎの現場で見えてきた課題について伺います。
